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火と言葉

生きた火の明かりが暮らしの場から遠ざかりつつある今、蠟燭の灯火は単なる照明としての意味を超えた膨らみを持ち始めています。情報の伝達が速度を増し、それに伴って暮らしの速度も足を速める中、わたしたちは大切なものを見落としがちになっているように思います。目に見えている世界は表層に過ぎません。その細部にまで目を凝らすと、山や森のグラデーションは一枚一枚が個性を持って色づいた、葉っぱの重なりによるものだと気がつきます。川の流れる音は、石のはじける音や、複雑な水のうねりの重なりだと気がつきます。私たちは一年を通じて四季を感じて暮らしています。それはゆるやかなグラデーションを描いています。そのゆるやかなグラデーションは一日の積み重ねによって色づいています。では、一日のグラデーションは私たちのどんな営みによって色づくのでしょうか。少し立ち止まり、目を凝らし、耳を澄ますと、暮らしを彩るたくさんの風景が見えてきます。
蠟燭の灯りは、とても儚いものです。暗闇でものを照らすには不十分かもしれません。しかし、蠟燭の灯りの下でしか見ることの出来ない世界が存在します。今置き去りにされているものは、わたしたちの外側に広がる世界ではなく、内側にひろがる世界です。その世界を照らすことが、生きた火の役割だと思っています。
目には見えないものですが、それはちゃんと存在します。
山や森を彩る一枚一枚の葉っぱが存在するように。

Yu Kawai

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by dousenbou-arabon | 2017-04-03 11:25 | Comments(0)